ミケガモのブログ

「リーサル」という語について

主にTCG・DCGにおいて、「リーサル」とは、勝ちが確定している状況の事を指す。 英語の綴り字は”lethal”。その意味は、「死の、即死の、致命的な」である。 将棋でいう所の、「必至」と同じような状態だと言える。

リーサルという語は、ハースストーンやシャドウバースといったDCGユーザーが広めたものである(要出典)。 語感の良い横文字ということで、多くのユーザーに浸透した。

例えば実際には、

  • あのカードを引ければリーサルだ
  • リーサル回避のために、このターンは盤面除去に回る

のように使われる。

ところで、「リーサル」が実質的に勝ちを意味するのであれば、 もはや「勝ち」という語だけで十分だとは思わないだろうか。 ハース系列のDCGの場合、自分のターン中は、基本的に相手の操作の介入を受けない。 したがって、リーサルの状態から確実に勝ちまで持って行くことが可能である。

にもかかわらず「リーサル」という語が存在しているのはなぜだろうか。 それは、「制限時間のある中で、リーサルを見逃さずにきちんと取れるか」という、 プレイヤーのスキルに依存する要素があるからである。

ハース系列のDCGは、初期値が20のライフ制である。 これを削り切る算段が整えば、リーサルを取りに行ける。 しかし実際は、プレイスキルが足りなかったり、計算に混乱してしまったりして、 ライフを0にするルートを見逃しうる。

さらにハース系列のDCGは、カードプレイと攻撃に順番制限が無いという特徴を持っている。 そのため行動の自由度が高く、どの順番で操作するかというパターンの数がとても多い。 特に、状況によって与ダメージが変わるカード、もしくはランダム要素を持つカードを使うような場合には、 自分のカードをどうプレイするかも重要になってくる。

これらを脳内できちんと考えた上で、 制限時間内に操作ミスなくリーサルルートを取れるか、ということまで考えると、 「リーサル = 勝ち」という等式は必ずしも成立しない。 これが、「リーサル」が「勝ち」とは別の単語として必要な理由である。

別の言い方をすると、

  • 思考が追い付かずリーサルを逃してしまった

というのが、「リーサル」の最も相応しい用法である。

ちなみに、将棋の「必至」は、あと1手で「詰み」の状態のこと。 早指しや超初心者のことは置いておくと、見落としや操作ミスで「必至」から勝ちを逃すことは滅多にないだろう。 しかし、「必至」の状態を作られても、ゲームが終わるわけではない。 相手に対して「王手」をかければ、相手はそれを回避するための手を取るしかなくなるので、 次に自分が「詰み」にされるのを防げる。 実際にそれで形勢逆転することが多いのかはともかく、「必至 = 勝ち」というわけではないのだ。 これも、将棋で「必至」という単語が存在する理由である。

私がやっているデュエプレにおいても、「リーサル」という語はプレイヤーによく浸透している。

デュエプレプレイヤーが言う「リーサル」の意味は、 シールドをブレイクし切ってダイレクトアタックを仕掛けられる、という状態のことだ。 「殴り切り」「ジャストキル」と同じような使い方である。

しかし、これはリーサルの原義、「勝ちが確定している状況」とは異なる。 デュエマにはご存知の通りシールド・トリガーがあるため、打点の数が揃っても勝ちは確定しないのだ。

一応、「リーサル = 勝ち」ではないというのは、デュエマもハースDCGおよび将棋と共通している。 しかしデュエマの場合、その理由は運によるものである。 ハースDCGが主に実力、将棋がルール上の問題からくるのと比較すると、ここには決定的な違いがあるような気がしてならない。

またデュエマでは、ライフすなわちシールド枚数の初期値は5。 シールドをブレイクする枚数もクリーチャー1体あたり1~3枚にしかならないので、 ライフ制のゲームよりも計算ははるかに簡単だ。 酷く焦らなければ、「リーサル」の状況を見逃すことは無い。 ゆえに、取れるかどうかが実力を分けるという「リーサル」の本来の意味は、デュエマにおいてはかなり薄れている。

「リーサル」をデュエプレで使うのが間違いだと言いたいわけではない。 どちらかというと、世間的には普通に受け入れられているのに、勝手に違和感を持って首を傾げる自分の感覚の方が疑わしい。

ゲーム性の違いについてもう少しだけ書かせてほしい。 ハースDCGのゲーム終盤は、素早いライフ計算と確実なカード操作で、リーサルを確実に掴むのが重要である。 一方、デュエマのゲーム終盤は、殴り切りの打点が揃っても用心してもっと打点を溜めるとか、 勝ち切れないのを前提にして負けないように備えるという風に、運要素をなるべくカバーすることに気を配る。

両者は、思考のベクトルがそもそも違っている。 どちらにも良い所があるし、それはもう一方の悪い所でもある。 自分はデュエプレユーザーなので、デュエマの良さを語って終わりたい。

デュエマのシールド・トリガーは、 6打点揃えれば勝ちという単純なゲームシステムをそれだけで終わらせないようにするとともに、 実力差や引き運の悪さを逆転できる可能性を秘めている。 初心者に分かりやすく、低資産のプレイヤーにも勝ちの目がある。 こういう性質は、競技人口の確保に貢献していると思う。 またそれがあるからこそ、細い勝ち筋を通すスリルや、運要素を潰し切って勝った時の達成感が際立つ。 運にブーブー言いつつも、上級者も楽しめるゲームになっている。

自分はある場面では前者だし、また別の場面では後者だ。 色々な立場で、これからも長くデュエプレを楽しんでいきたい。